評価される側に立ち感じる事

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徳倉です。

仕事上の話ではないのですが、時々しっかり評価を下されるケースがあります。

私の場合は大学院などがそれに該当します。

単位の優劣以上に私が感じるのは、評価者や同期の価値観や反応がダイレクトにわかるところが、私にとって大変価値があります。

小さいながらも事業を行っていますと、どうしても自分中心のジャッジになりがちですが、ニュートラルな立場で意見を言ってくれる、評価をしてくれる存在は、大変ありがたく価値があると思っています。

逆にその評価の仕方に違和感を感じる場合、自分を見返りながら今の時代に合うのか、先取りした考え方なのかのリトマス紙になることも多いのです。

 

例えば、性別でいうと「女性に高評価で年配男性には響いてないケース」をどう捉えるかなど、自分の事業に直接関係なくても、私自身のアンテナがどこに向いているのか、磨けているのか、最新のOSにアップデートできているかなど得るものがたくさんあります。

通常は仕事という形で現れるものが、このように利害関係なく顕在化してもらえる場は、講義そのものよりも貴重に感じる場合もあるなと、この1年通いながら思ったのでありました。

 

今の30代は恐らく80歳近くまでは働くであろうと推察されます。

だからこそ学び続ける意思や習慣、とっても大事なのだろうと強く思ったのでありました。

今日はこの辺で。