受け手の立場が変わると。

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受け手の立場が変わると。

徳倉です。

今日はOSアカデミアでのお話。

私はこのファミーリエ以外にもいくつか経営関わっている法人がありますが、自分が共同代表として「OSアカデミア」という教科でいうと“国語”を子どもたち(小2~高校3年生)の教室を開いています。

 

中学生までは目の前のテスト対策はほとんど行わず、論理的思考や相手に伝わる表現などをしっかりとトレーニングしている教室です。

しかし子どもたちの定期テストが帰って来るタイミングにはテスト結果を見せてもらいます。

これは子どもたちが設問の意図をしっかり把握できているか、適切に文章に表現できているかなどを一緒に確認するためでもあります。

 

そういうタイミングのときに、国語のテストなどでは中学で取り上げているエッセイや小説などを試験問題を通じて私も目に触れます。

 

今回の国語の定期試験内の問いでは向田邦子さんの『字のないはがき』という短編エッセイからの出題でありました。

(※)このエッセイについて触れているブログ⇒ 「字のないはがき」(身軽に気軽に移動のできる、創造的な人生を送るためのブログ)

戦時中のお話で、妹が疎開し、衰弱して戻って来る話ではありますが、父親の姿を描いている短編エッセイであります。

検索するとすぐに出てきますし短い文章なのですぐに読めます。

 

テストなので、そのときの父の気持ちはどれか?など色々テストとしては良くできているのですが、私はそもそも問題文としてエッセイを読み進めると泣けてきてしまうのです。

 

なぜなら登場する妹と私の娘がおそらく同じ年齢であると想像できることと、向田さんの筆の力もあり比喩の表現や時代背景、その言葉から読み取れる疎開先での妹の苦しさなどがありありと表現され、父親としての後悔や苦しさ、悲哀を表現しています。

 

現代に生きる中学生が急にこの文章を読んでも、もしかすると父親の感情が良くわからないと思う子どももいるだろうなと直感的に感じました。

(ちなみにテストを見せてくれた生徒はよく理解していました)

 

当事者として経験しないまでも、自分がどの立場で物事を読み取るのかでそこで受ける印象がかなり変化することをもちろん知っており気にしてはいました。

一方で、子どもたちの教材を通じて自分の経験だけで判断することなく、相手の立場に立って物事を判断する大切さ、気持ちに寄り添う姿を大事にしたいと改めて感じたのでありました。

今日はこの辺で。