かつての女子大学生より

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かつての女子大学生より

近藤です。

各地で気温が上がっていますね。山の我が家でも朝からとても暑く、庭の植物もぐったりしています。

 

さて、最近のニュースでお茶の水女子大学がトランスジェンダーの学生の受け入れを発表したと聞きました。

また、津田塾大学の総合政策学部についての記事(日経新聞7月11日)を読み、女子大の役割について考えました。

 

私は大阪にある女子大を卒業しています。

女子大の役割など当時は考えることもなかったのですが、今考えると大事なことがいくつもあったのだなあ、と思います。

 

私は四国の田舎育ちで性別的な役割がたぶん自然と身に付いていました。

女子大へ進学して受けたカルチャーショックは当たり前ですが、話し合うのも決定するのも実行するのも女性。

これまでなら「男子がする仕事」とされていたような力仕事やきつい仕事も学内では女性が行うのは当たり前。ということでした。

 

そんな環境に4年間身を置いたおかげか女性だからといって、一歩下がる必要はないという考えが染みついていました。

 

就職活動で

「表向きは男女採用ですが実際は女子は説明会に来てもらっても採りません」

とか、

「女子は父親の仕事がなにかが採用の基準になります」

とか言われ、びっくりしましたが、そこで女子だからと落ち込むことはありませんでした。

 

それはたぶん、わが校に当時としては珍しくバラエティーに富んだ進路の学生が多かったからでしょう。

学生時代から起業している人、モデルをはじめ芸能やマスコミの分野で働いている人、卒業後の起業に向けて準備している人もいました。

中には家業を継ぐ人や卒業と同時に結婚の決まっている人もいました。

 

今では考えられないかもしれませんが、私の学校では4回生になるとお見合い話や誰かの結納、結婚式の日取りが話題に上るのが珍しくありませんでした。

外で働くにしても家業や結婚にしてもどんなことだってできるやん、女子って家族を養うとか大黒柱とか考えなくていいから自由やん、などと思っている本当に楽天的な女子大学生でした。

 

しかし、就職してからはよく頭を打ちました。

女性であることがハンディになることがありました。

変な自信をもっていたので恥ずかしいぐらいたくさんの失敗もしました。

今では年の功もあり、女性であることはハンデではなく、むしろアドバンテージだと考えています。

 

さて、かつて女子大学生だった私が自分自身に問いたいのは、今の世の中が当時より生きやすい世の中になっているのか、ということ。

自分より力のある誰かがやってくれると待っていても変わらない。自分達が必要なものは自分達で取りにいかなくてはいけない。

かつての女子大の学生は経験上それをよく知っています。

 

様々な問題がある中で解決方法の一つとして女性の心を持つ人がエンパワメントできる場が増えることは非常に大切です。

そう考えると女子大はまだ社会で必要な存在なのではないだろうか、二つの大学の話題からそんなことを考えたのでした。

 

最後に、津田塾大学の萱野稔人総合政策学部学部長の言葉からひとつ。

「学生には常に野心を持ってもらいたい」

 

そう、ガールズには野心を持ってもらいたいもんです。

では、また。