共鳴と醸造

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近藤です。

旅に出ると必ずその土地の美術館や博物館を探して訪れます。

また、ありがたいことに仕事で美術館や博物館を訪れる事が多く、好きだからその仕事に力が入る、ということもあります。

 

先日、京都国立博物館へ行く機会がありました。

仕事だったのでじっくり作品を鑑賞するのではなく、博物館の運営や展示の工夫、などを観るのが目的です。

ちょうど三十六歌仙の展示中で、最終日が後数日ということもあったのでしょうか、ものすごい人。

思い思いに感想などを話しているグループあり、ご夫婦なのか同じ作品をジッと見つめている2人組あり。

程よいザワザワ感からみなさんがこの展覧会を楽しんでいる事が分かりました。

 

例えば、ルーブル美術館やボストン美術館、アムステルダム国立美術館、泉屋博古館、猪熊弦一郎美術館(2020年3月末まで休館)などでもこのザワザワ感は同じようにあります。

心が動く時に、人はそれを誰かに伝えたくなるものなんじゃないだろうかと思います。

感動の共鳴みたいなものに溢れている場と、感動をひとり醸造できる場がある美術館や博物館がいいんだ、というのが私の意見です。

 

さて、走り見した三十六歌仙のことを少し。

その数と作品の力に息を呑みます。

作品の傷み具合から歴史を生々しく感じます。

美しくても、たくさんの人の手が入ってもちゃんと歳は取っていくもんなんだな、と。

それがその作品の味になり、スゴミになる。女の人生もこうでありたいわ、そんなことを感じた今週でした。

では、また。