覆水盆に返らず、ならどうする?

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覆水盆に返らず、ならどうする?

黒田です。

食器の割れる音で、今朝は目が覚めました。

夫が朝食を準備している途中のアクシデントでしたが特にケガはなく一安心。

家族3人色違いで買ったどんぶりのひとつだったので

夫はなんだかさみしそうでしたが。

 

割れた食器は、割れなかったことにできない。

言ったことは、言わなかったことにできない。

起こったことは、なかったことにできない。

 

何をいまさら当たり前のことを、と思いますが頭では分かっていても心の底から納得していることは少ない気もします。

「あの時○○だったら・・・」なんて誰でも考えること。

 

今、この瞬間は過去の積み重ねでできているのでしょうか。

過去は変えられない、だから今の自分は変えられない。

それはイエスでもあり、ノーでもあるような。

 

今、この瞬間が未来から逆算されてできている、と考えたらどうですか。

目の前に広がる伸びしろを想像するだけで、視座がグッとあがる気がする。

 

覆水盆に返らず、ときくと、取り返しのつかないことをした後悔の念を抱く姿が思い浮かぶかもしれません。

 

でもそのこぼれた水は本当に必要だったのか。

実はもうお盆を持っていることに疲れたのではないか。

代わりに何か手にしたいものがあったのではないか。

 

起こった事実を冷静に引き受けて、次にどんな行動をしよう。

その時、将来的になりたい姿がすこしでも見えていれば、次の一手がすぐに浮かんでくるのではないでしょうか。

 

食器の収納方法は適切だったかな。

そもそもひとりにひとつどんぶりが必要だったかな。

でも素敵などんぶりがあれば買ってもいいな。

 

このあと散歩をしながらすこし探してみよう。

 

素敵な一週間になりますように。