禁断の思考停止ワード

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禁断の思考停止ワード

大美です。

大きなランドセルを背負って登校するピカピカの一年生が目に留まります。

交通安全にはいつも以上に気をつけたい月曜の朝です。

 

私は、自分が代表をしているNPO法人があるのですが、その法人の総会を先週末に開催しました。

NPO法人わがことは、地域の担い手発掘や、地域と行政、市民団体、企業、個人等のつなぎ役となる中間支援組織を目指しています。

「色んな人がごちゃごちゃと主体的に関われるまちづくりって楽しいじゃん♪」が法人の大きな方向性。

 

いわゆる総会的な議事(事業報告やら、収支報告など)はササッと済ませ、「今年度の事業や、今後どうする?」的なことのディスカッションに大幅に時間を取りました。

正会員のメンバーは本業の傍らで関わってもらってる人ばかりで、ほぼ全員が集合する総会は、なかなかの特別感があります。

 

法人の方向性の通り、みんなが主体的に色んなことを発言してくれて、それはそれは毎回大盛り上がりの楽しい総会です。

結果、白熱しすぎて総会の時間だけでは全く足らず、お酒片手に「あーしたい、こーしたい」と延長戦に突入します。

 

みんな結構な言いたい放題になるのですが、ド直球のワードが飛び交ってめちゃくちゃ面白いし、「ハッ」としたり「ドキッ」としたりすることもしばしば。

 

そんな中で、ある人が言ってた言葉に「ドキッ」としました。

 

「仕方ない」っていう言葉で、なんでもあきらめたくない。

と。

 

確かに、どうにもならず諦めないといけないこともあるけど、安易に「仕方ない」と言い過ぎていないか?

何より、「仕方ない」と発した後、思考することをストップしていないか?

 

本当に「仕方ない」のか。

それは、前例踏襲的な流れの中で「仕方ない」状況になっているだけじゃないのか。

根本的な構造に疑問点や改善できる点はないのか。

そこまで検証した上での「仕方ない」なのか。

 

考えれば考えるほど「仕方ない」という言葉が、なんだか大人的な耳障りが良いだけの思考停止ワードに思えてきました。

私の様子を察したのか、別の人が

「なんだかんだで、こうやってみんなで議論したり考えるこの時間こそが重要なんだと思いますよ。そういうことの積み重ねじゃないですか」

とステキにすくい上げてくれました。

 

とは言え、時間的な制約がある場合も多々あるので、本当にどうしようもないこともあるのですが、そんな時はせめて、「今は仕方ない」くらいにしといて、思考停止だけは避けたいなと。

 

新年度が始まったばかりで、企画を考えたり整えたりする時間が一番多い時期ですが、「仕方ない」と安易な方に流されるのではなく、仲間の力をどっぷり借りながら、しっかり思考することを習慣に。

今年度もワクワクするようなことをやっていきたいと思います。